イイダッカ商店〜ぼくたち夫婦の、人生かけた実験記録〜

中学卒業後10年ぶりの再会を機になぜか急に結婚した二人が人生かけた多様な実験を綴るピースフルブログ。あなたが笑ってくれたら嬉しい。

人生の選択(大きめ)

 

どこに住むか

 

だれと生きるか

 

どう働くか…

 

もっと小さなことで言えば、朝起きて何をするかー深呼吸するのか二度寝するのかー

 

ランチは誰と食べるのか、

 

髪型はどうするか、

 

連休の間に年休を取るのか取らないのかなど、

 

人生は選択で溢れている。

 

 

皆さんはこれまでの人生で、どんな「選択」シーンがありましたか。

 

 

そして、どう選択肢を選んできましたか。

 

 

 

現代日本を生きる中流階級の私たちには、選択肢があまりに多すぎる、と、私は思う。

 

 

それは贅沢極まりないことだ…ともちろん感謝でいっぱいなんだけど、それと同時に、いつも相当な不自由さを感じてしまう。

 

 

 

せめて、三択くらいから選ぶような人生だったら、どんなにか楽だっただろうに。

 

 

だけど現実は違う。

 

 

自由を手にした私たちは、この自由を、ありがたく享受して、存分に生かさねばならぬ。

 

 

または、この自由を自ら放棄するしかない。

 

 

 

私は、その時々に合わせて、自由の享受と放棄を組み合わせて生きているのだけど、

 

 

最近 我が家に訪れている最も大きな選択は、「いつから、どこに住むか」である。

 

 

 

私たちは、交際4ヶ月で できちゃった結婚をした。

 

お互いの住処は片道三時間以上かかるほど離れていたのに、当時の私たちは、なぜか確固たる自信のもと そのような行為に至った。

 

 

 

はっきり言って計画なんか微塵も無くてーついでに言うと貯金もお互い一円も無かったー、

 

 

 

あったのはただのノリと勢いだった。

 

 

 

ただ、「この人は運命の人に違いない」という根拠のない自信があったし、

 

妊娠が分かったときは、二人とも大喜びだった。

 

 

だけど先述した通り れっきとした無計画妊娠だったから、

 

どちらが拠点を移す? とか、それはいつ頃 決行する? とかは、なんにも決まってなかった。

 

 

というか、そもそも「一緒に住むのかどうか?」というところから、決まってなかった。

 

 

 

まぁ、ノリと勢いでいたしたという、その選択自体には一切の間違いも無かった、と、胸を張って言えるのだけど、

 

ーなぜなら こんなに素敵な我が子と巡り会えたからー

 

 

 

子どもが生まれてみると、

 

 

具体的に、「一緒に住むのか?住まないのか?」「住むとしたら、どこに住むのか(どちらが拠点を移すのか?)」「いつから新生活を始めるのか」など、

 

たくさんの選択をする必要性が生じた。

 

 

 

 

なぜなら、一緒に住みたいという気持ちが強くなったから。

 

 

 

別に結婚してるから一緒に住むわけでもなければ、

 

家族は一緒に住むべきだから一緒に住むわけでもない。

 

 

ただ、一緒に住みたいから、一緒に住む。

 

 

 

その上で、

 

どこに住む?(どっちが拠点を移す?)

 

いつからスタートする?

 

 

そんなことを、二人で決めていかなければならない。

 

 

 

理屈だけでもなければ、感覚だけでもない。

 

 

お互いの理屈と、お互いの感覚を持ち寄って、二人の着地点を見つけていく。

 

 

 

 

そうして納得いくまで本音で話し合って出した答えなら、きっとみんなで幸せにやっていける。

 

 

 

そんなこんなで、詳細はまた夫から書いてくれると思います。

 

 

(私は詳細を記すのが苦手。)

 

 

 

皆さんの人生において、最も本気の選択は、何でしたか。